【第2回】代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します

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『BUTTER』
柚木麻子 新潮社 1,728円(税込)


じっさいに起きたことを小説にした作品はけっこうあり、今連日報道されている和歌山の一件も、そのうち誰かが書くんじゃないかな、と思う。ただ、事件を小説にするには「ヒントにして書いた」「真相はこうだったのではと創作した」以上の揺さぶりがほしい。

本書『BUTTER』は、読めば「ああ、あの」と思い当たる事件をモチーフに、読み手を深く深くえぐる描き方をしている。

中高年男性に金を貢がせたうえ、何人かを殺したとされる梶井真奈子が日本中の注目を集めたのは、彼女が若くも美しくもなかったからだった。あんな女がよく結婚詐欺なんか、という好奇心と、彼女のことをどこか怖れる心。

週刊誌記者・里佳は独占記事を取り付けようとするがうまくいかない。そんな里佳に親友・怜子が、食の話題で釣ればいいとアドバイスをする。これがまんまと当たり、面会してもいいという手紙が来た。塀の中にいて望みのものが口にできない梶井は、訪ねてきた里佳にテストめいた要求を出す。梶井が指定する食べ物、食べ方を里佳が体験し、梶井に伝えるのだ。これはゲームか、契約か、あるいは友情の始まりなのか・・・・・・。

里佳は梶井に応えるため、そして記者としての「借り物ではない、自分の言葉で」というプライドから味の言葉を磨いていく。結果、里佳の心身は変容していき、怜子や恋人、記者仲間との関係がおかしくなっていく。読者は里佳が梶井という存在に飲み込まれ、食われていくのを目の当たりにする。
後半は「梶井をオトすには食」というアドバイスが思わぬ事態を招いたことに危機感を抱いた怜子が主人公となり、物語は思わぬ展開をしていく。

読み進むうち、「もしかして正しいのは梶井のほうなんじゃないか」という気持ちに読者がなっていくのが本書の最大のパワーだ。体重も容姿も世間の基準なんか無視して自分を許し、一人前の女として自分にOKを出し、超然とふるまう梶井。
一方週刊誌編集部という男社会の中で、順調に見えていた新婚家庭の中で、それぞれに女である苦しみを味わっている里佳と怜子。

『BUTTER』が暴いていくのは、この国の男と女のありかたのゆがみであり、私自身の偏見や、あきらめ、怠惰な心だ。「事件ものの小説」の、誰も到達できなかったレベルの作品。おススメです!




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【プロフィール】
間室 道子
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ。
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。
雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。
書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。