【第7回】代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します

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『あこがれ』
川上 未映子 新潮文庫 561円(税込)


ハードカバーの時は、ピンクと金色のシックな感じだったのに、
この文庫版の表紙はかわいすぎる!
二話収録されており、最初のお話「ミス・アイスサンドイッチ」の語り手は、
小学四年生の男の子である。
表紙がアニメ調で語り手が十歳だから、
読者対象が子供で文章が平易で内容がわかりやすいかというと、
そうじゃないのだ。

「ぼく」は近所のスーパーに入っている小さなサンドイッチ屋の女性を毎日見に行く。
彼女は目がすごく大きい。
アイスキャンデーそっくりの水色をまぶたの上にべったり塗り、
そこにマジックインキで書いたようなくっきりした黒い線が入っている。
無表情な人で、パンばさみの使い方が異常にうまい。

大人は思いを言葉にしたり相手の心を察したりできるが、
子供は自分が感じているものがなんなのか、わからない。
「ぼく」は彼女を見たり彼女のことを考えたりするときに起きることを、
食べ物や体の感触や色や動物を使って言う。

【ぼくの頭の中の黄色とオレンジを混ぜたような色をして
 ぐにゃぐにゃ動きまわっている部分がいきなりぐんと明るくなって、
 それから、あごのすぐ下の鎖骨のあいだのくぼんだあたりが
 ぎゅっとしめつけられたような感じになる。
 似ているのはごはんを噛まないでそのまま無理矢理に飲み込むときのあの感じ。

 (中略)

 猫を抱っこするときにさわるお腹の、やわらかいたよりなさ。
 ジャムの瓶にひとさし指を入れてかきまぜて、
 それからぜんぶの指をゆっくり沈めていって手のひらでにぎってみるあの感じ。
 足の甲でこすってみる毛布。いちごの底にたまった練乳を飲むときのべろ。
 ホットケーキの茶色にとけてゆくときに透明になるバターの色。】

中二だったら「好きかも」の四文字ですむことに、黄色だのごはんだの猫だの、
「ぼく」はいくつもの身もだえ、ゆるやかな苦しみと甘美をほとばしらせる。
この豊潤さを味わえるのは幼い読者ではなく、大人ならでは。

小学生男子の、二十代の女性への想いだから、交際したいとかもっとその先へとかではない。
この年齢でしか持ちえない「あこがれ」が書かれているすばらしい作品。
二つ目のお話「苺ジャムから苺をひけば」では、「ぼく」のクラスメートの風変わりな女の子が、
ある人にあこがれる。それは誰で、結末はどうなるのか、お楽しみに!



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【プロフィール】
間室 道子
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ。
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。
雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。
書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。