【第13回】代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します

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『ざんねんなスパイ』
一條 次郎 新潮社 1,998円(税込)


「オフビートな小説」というのがある。
ひとことでいうと登場人物が全員変で、素っ頓狂な話。
これが書ける作家はじつは少ない。笑いが計算ずくではないからだ。

テレビでいうと「運動神経悪い芸人」や「音痴タレント№1決定戦」に似てると思う。
このテの出演者たちに、わざとらしさが少しでもあれば、視聴者はたちまち気づく。
真剣にやればやるほど常人では考えられない「はずれ」や「ぶっ飛び」が露呈し爆笑をさそう。
これが運動神経悪い芸人であり、音痴№1である。

オフビートな小説の笑いも、考え抜いたすえのものではないところが重要。
本書の主人公は73歳でついに出番が来た新人スパイである。
彼はニホーン政府のスパイ養成施設で育ち、清掃作業員として一流の腕をふるっていたが、
ある市長暗殺の密命を受ける。
乗り込んだ街で買った車は3000円。
そして彼の目の前でキリストが殺され、隣人女性は物騒なたくらみを抱いており、
謎の女性新聞記者が暗躍し、森では巨大なリスがうろうろ。
そして市長は大変にいい人だった!――というあらすじに、皆様あいた口がふさがらないでしょう。
こんなこと、考えたって考えつくものではない。
作者は何かの電波を受信した、
あるいはへんなものを食べて2、3日高熱に浮かされたとしか思えない。

今のコンプライアンス重視からするとどうなんでしょ、というギリギリの設定、表現もある。
でもそういう「真っ当さ」をふっ飛ばす突き抜け感が、本書にはある。
わたしが最も笑ったのは、雪の降り積もる森の中のシーン。
空腹にさいなまれたスパイが、木の枝の上に大福がのっているのを見つける。
スパイは大福の背後からそっと近づく。

ここまでならふつうのコメディのレベル。
しかし作者は「正直いってどちらが大福の背中にあたるのかは自信がなかった」と付け加えるのだ。
これぞ、オフビート。

こういう作品に「あそことあそこはサベツ的ではありませんか」などと言おうものなら、
言ってる側の小ささ、せせこましさが露呈するだろう。

「笑わせてやろう感」はないけど、
なんにもないところですっ転び続けるような筋をテンポよく読ませるには相当の技術が必要だ。
オフビートは奇跡の産物ではあるが、作者のなまけの産物ではない。

また聞きたいなあと思わせるほどの音痴は1音もはずすことを許されないマジ歌より魅力的だし、
並はずれたスポーツのできなさは「運動神経悪い五輪」ができればなあという思いにまでなる。
調子っぱずれが炸裂のこの本、お試しあれ。




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【プロフィール】
間室 道子
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ。
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。
雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。
書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。