【第14回】代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します

book_9784120051128.gif

『愛なき世界』
三浦しをん 中央公論新社 1,728円(税込)


主人公は本郷にある洋食屋の見習い店員・藤丸。
彼は近所のT大の大学院で植物学の研究をしている本村に恋をする。
だが告白するも玉砕。「私はだれともつきあわない」と彼女は言う。

なぜなら、植物には脳も神経も思考も感情もない。
人間が言うところの「愛」という概念がない。
それでも旺盛に繁殖し、生きている。
自分は、そういう世界の研究にすべてを捧げると決めた。
だからだれともつきあうことはできないし、しない、
と言葉を重ねる彼女を、「さびしい」と藤丸は思う。

フラれた経験はいままでにもあり、「彼氏がいる」「お友達でいたい」が理由だった。
「愛なき世界のために、ひとりでいる」なんて初めてで、不可解で、謎。
もっと知りたい、彼女と、彼女をそれほど惹きつける植物のことを――。
かくして洋食の出前を口実に、本村はじめ個性的な研究室の人々と藤丸の、素っ頓狂な交流は続く。

「思いはいつかは成就するのか」がだんだんどうでもよくなるのが読みどころ。
だって本村が心底行き詰まった時、大逆転のまなざしを与えてくれるのは、彼なんだから。

研究が即、特許や利益につながりやすい分野には人やお金が集まるし、
予想どおりの結果を出し続ける実験は効率的。
でもこれじゃあ「こいつならイケる」と100%自信のある相手にのみアプローチする恋愛のようで、
手っ取り早いかもしれないけど自分を超えていかない。

思いがけない事態の出現を面白がり、失敗したって後悔はせず、次に向かって前進する。
これが、料理、研究、「そして、人生だ!」と読者の誰もが心の中で叫びたくなるだろう。

ひとりの男の恋心に添いつつ、大きなものを読ませてくれる。
三浦しをんさんのあらたな代表作。




onlinestore_new_W314.png

【プロフィール】
間室 道子
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ。
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。
雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。
書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。